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江戸紫名所源氏 御殿山花見
歌川広重画
国立国会図書館所蔵
 御殿山は現在の品川区北品川3丁目にあった桜の名所です。『江戸名所図会』(1834)には「この所は海に臨める丘山にして、数千歩(坪)の芝生たり。殊更寛文の頃、和州吉野山の桜の苗を植えさせ給ひ、春時爛漫(しゅんじらんまん)として尤も壮観たり。弥生の花盛には雲とまがひ雪と乱れて、花香(はなのか)は遠く浦風に吹き送りて、磯菜摘む海人の袂(たもと)をおそふ。」とあります。
 
 寛文年間(1661−73)に植えられた桜が見頃となった享保年間(1716−36)には、さらに600本の桜が植えられて、御殿山は庶民の花見の名所になりました。
 
しかし嘉永6年(1853)に、ペリーの艦隊が浦賀に来航した際に、幕府は砲台を設置するお台場を築くために御殿山を崩して海を埋め立てたので、桜の名所の御殿山と、潮干狩で知られた品川の海は失われました。
 上の錦絵で、女性が右手に持っているのは猪口(ちょく)のようで、桜の木の向うに重箱が見えます。花見には提重(さげじゅう)という名の、重箱、徳利、盃、取り皿、箸などを組み入れた携帯用の弁当箱がよく使われていました。
 この絵では重箱は別にあり、手前にある提手の付いた黒い箱は、小さい焜炉
(こんろ)を組み入れたお酒の燗(かん)をするための道具のようです。
 NO.58に続いて『料理早指南』(1801)から花見重詰の下の部を紹介します。
一の重 さより蒲焼 蛸桜煮 唐の芋 人参 わらび 王づさ牛蒡 木くらげうま煮
二の重 むしがれい色付焼 田にし木の芽和
三の重 うぐいす餅 きぬた巻き
四の重 焼飯(焼むすび)
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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