バックナンバーへ
戻る

NO.12
十二月の内卯月初時鳥

NO.249
卯の花月
初松魚
歌川豊国(三代目)画  『魚づくし』組本社刊
初鰹の季節としては6月は遅いのですが、「初松魚」の絵をご紹介したいのでとり上げました。絵師は「国貞改二代豊国」とあり、刊年は国貞が豊国を襲名した弘化元(1844)年に近く、改印から見て弘化年間と考えられます。なお二代豊国とありますが、初代豊国の養子が二代豊国を襲名していますので、国貞は実際には三代目豊国です。
中央の絵は2002年5月のNO.12に掲載した、3枚続きの「十二月の内卯月初時鳥」の中央の一枚です。味の素食の文化センター所蔵の絵で、刊年は嘉永7(1859)年6月で、絵師は三代目豊国です。
「初松魚」と「十二月の内卯月初時鳥」の絵を比べてみると、女性の姿勢や鰹のおろし方がほぼ同じで、大皿の位置も同じです。違うのは前者の女性は若く初々しく、後者は中年女性であることです。
また右側の絵は2012年4月のNO.249に掲載した、三代目豊国の「卯の花月」の中の鰹売りの部分です。男性ですから姿勢などは違いますが、鰹をおろす手付きは左の2枚の絵と同じです。なお鰹売りは本来男性で、女性の仕事ではありませんでした。
江戸の人々の初鰹への熱狂はよく知られていますが、それも明和・安永の頃から、文化・文政の頃(1764−1830年頃)まででした。文化9(1812)年に三代目中村歌右衛門が1本3両で初鰹を買ったという話がありますが、嘉永5年の喜多村香城の『五月雨草紙』には初鰹も盛漁になると値が下落し250文位になるとあります。現在の金額に換算すると、3両はおよそ27万円、250文はおよそ3750円になります。
三代目豊国の3枚の初鰹の絵を比べてみましたが、いずれも弘化から嘉永年間に描かれており、熱狂の時代が過ぎても、庶民の初鰹への憧れは強かったようです。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
掲載情報の著作権は歌舞伎座に帰属しますので、無断転用を禁止します。
Copyright(C) 2013 松下幸子・歌舞伎座サービス株式会社