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十二月の内 衣更着 梅見
歌川豊国(三代目)画 嘉永7年(1854) 国立国会図書館所蔵
 錦絵の題に「十二月の内 衣更着 梅見」とありますが、衣更着(きさらぎ)は如月とも書き、陰暦2月のことです。
 絵には4人の女性がいて、左の2人は梅見よりも、料理や酒を楽しんでいるようです。深鉢と重箱に盛られた料理は何かよくわかりませんが、徳利の傍の大鉢は盃洗でしょうか。

 現在は花見といえば桜ですが、江戸時代の花見は「梅に始まり菊に終わる」といわれ、桜より早い梅の花見も盛んでした。
 江戸には梅の名所も多く『江戸名所花暦』(1826)には、梅屋敷、亀戸天満宮境内、御嶽神社、百花園、駒込うなぎ縄手、茅野天神境内、宇米茶屋
(うめがちゃや)、麻布竜土組屋舗、蒲田村、杉田村などをあげています。このうち百花園は現在の向島百花園で、梅園として始まり、新梅屋敷と呼ばれていました。
 
 江戸時代の料理書で、梅の実を使った加工品や料理を探してみると、梅干、梅酒、梅醤(うめひしお)、梅が香(うめがか)、煎酒(いりざけ)などがあります。梅干は鎌倉時代初期からあったようですが、紫蘇の葉を加えて赤くした梅干は江戸時代からのようで、作り方は現在と同じです。梅酒は青梅、砂糖、古酒が材料ですが、作り方は同じです。梅醤は梅干を水に漬けて塩味と酸味を抜き、湯煮してから裏漉にかけ、砂糖を加えて煮詰めたものです。
 
 梅が香は梅が鰹とも書き、梅干と削った鰹節を酒と醤油で煮た、なめ物の1種です。
 煎酒は醤油が普及する以前に、刺身やなますの調味料として、また、煮物その他にも広く使われていた調味料です。古酒に削った鰹節と梅干、たまり少量を加えて煮詰めて漉して作り、白身魚の刺身には醤油よりもよくあい、おいしいものです。

 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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