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神楽月顔見せの光景
五渡亭国貞画(1844年からは三代目歌川豊国) 国立国会図書館所蔵
 
 江戸時代の劇場では、毎年10月に1年間の役者の顔ぶれをきめ、11月に最初の興行を行ないました。この11月(神楽月・霜月)の興行を顔見せといい、芝居の世界では正月にあたる大事な興行でした。
 天保9年(1838)の『東都歳事記』にも十一月朔日
(ついたち)の項に「三座芝居顔見(かおみせ)興行 臘月(ろうげつ・12月)十二三日頃に至てこれを止む。十月晦日(みそか)暁八ッ明(午前3時頃)より太夫元若太夫吉例の三番叟を勤む。さて七ッ時(午前5時頃)より前狂言脇狂言色子子役大勢の大踊り、終りて後新狂言顔見せの始りなり。すべて芝居にあづかるものは大晦日に同じく、十月晦日に事を極め、十一月朔日を以って元朝のこゝろになせり。」とあります。
 
 上の絵は顔見せの芝居の日の桟敷の人々の様子を描いており、左側には揚帽子をかぶった女性2人が見えます。揚帽子は上流家庭で物見遊山のときに塵(ちり)よけにかぶったものです。
 中央の2人の客は服装からみて花柳界の人のようです。後には茶屋の女が、運んで来た酒の銚子を受け取っており、料理の皿も見えます。手前には山盛りの蜜柑と、菓子の盛り合わせらしいものがあります。

 現在では蜜柑といえば温州
(うんしゅう)蜜柑ですが、江戸時代の代表的蜜柑は紀州蜜柑でした。香りも味もよい蜜柑ですが、果実が小さく種が多いので、明治中期以降は温州蜜柑が代表種になりました。
 右側の絵で前の2人が見ているのは絵本番付で、芝居の内容を絵にして簡単な文章を添えた、小ぶりの半紙判の小冊子です。手前に見える食べ物が何かはわかりませんが、右手には提重らしいものがあります。この桟敷の光景は開演前のようですが、当時は開演中も料理や酒、菓子や果物などの飲食をしながらの観劇でした。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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