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甲子春黄金若餅(きのえねはるこがねのわかもち)
歌川豊国(3世)画、文久3年(1863))
財団法人 味の素食の文化センター所蔵
5枚続の中の左3枚
役者名は右から 嵐吉六、坂東村右エ門、坂東三津五郎、坂東彦三郎、
市川小團次、沢村田之助、、尾上栄三郎、岩井粂三郎
 餅搗きが江戸の年末の風物詩であったことは既にご紹介しましたが、2001年の最終回となる本稿では、役者衆が鏡餅やのし餅を作っている錦絵を見ていただくことにしました。
 
 餅は現在でも正月、節供などの年中行事や、新築祝い、誕生祝いなどの祝い事に用いられますが、江戸時代の餅は現在よりも大切な食べ物だったようで、絵や随筆にもよくとり上げられています。『北斎漫画』初編(1814)には躍動的な餅搗きの絵がありますし、横井也有の『鶉衣(うずらごろも)』には、1年間の年中行事に伴う餅を、軽妙な筆致で次々にあげた「餅の辞」があります。
 餅の味についてもうるさかったようで、大坂の国学者田宮仲宣(たみやなかのぶ)は『愚雑爼(ぐざっそ)』(1811)の中の「年始賀餅(ねんしがべい)」で次のように述べています「年始の賀餅を歳末に製す。此餅甘美なる事、他日の餅に勝る事十倍の甘味なり。人毎に云、寒の水を以て製する故かくの如く美味なりと。予(私)餅をたしなむ事多年、これをこころむるに、餅は四時(四季)をいとはず甘美なり。唯搗く杵の数によれり。過たる物は淡く、足らざるのもは米粒化せずしてあらく味ととのわず。唯杵数百五六十の物過不足なく、これ眞の甘味なり−後略−」。
 寒の水を用いた餅は美味で、杵数が200以上になると見かけはよいが腰がなくてまずいなど、餅の味については詳しかったようです。
注)  『鶉衣』は江戸後期の俳文集
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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