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いい月いい酒宴
歌川豊国(三代目)画  『魚づくし』組本社刊
 今年は9月30日(日)が、旧暦の8月15日にあたり、晴天なら中秋の名月を楽しむことができます。絵の中の月も満月のようで、白帆が二つ見える海を照らしています。
 室内の2人は、男性は左手のうちわに月を主題にして何かを書きかけており、女性は扇子にも書いてほしいと頼んでいるようです。
 硯箱を前にして墨をすっている子どもの髪型は、『守貞謾稿』によると5、6歳以下の幼児の髪型「唐子(からこ)」に見えます。なお、7、8歳になると男子は男まげ、女児は銀杏まげに結(ゆ)うとあります。
 左下には徳利や酒肴の器が見えますが、硯箱と関連して、今回は硯蓋(すずりぶた)についてまとめてみました。硯蓋は口取り肴などを盛る器で、もとは硯箱の蓋を用いたところからの名です。硯箱の蓋は、平安時代から色紙をのせたり、桜の枝を入れたりして用いられており、文字を墨で書いていた時代には、硯箱がいつも身近にあったからでしょうか。
 伊勢貞丈の故実書『貞丈雑記』(1843)には「硯箱又硯蓋の事、古は、硯箱に物を入れて人にも贈り、又物など入れて人の前にも出したりとぞ。もとより蓋のみ用ゆるは常のことなり。今の世にも硯蓋として遣う物も、そのことの残れるなるべし」とあります。
 山東京伝の『骨董集』(1815)には大略次のように書かれています。「寛永(1624−1644)の頃から元禄(1688−1704)の頃まで、酒宴で肴を盛る器はすべて重箱で、松・檜・草花などの改敷(かいしき)をして盛っている。硯蓋は近年に始まるもので、宝永(1704−1711)の頃の絵には重箱と硯蓋の両方が描かれており、その後は重箱は見られなくなる。このように重箱に肴を盛ることは元禄の末にすたれて、硯蓋に盛ることは宝永年中に始まったものと思われる。ただし硯箱の蓋に果物を盛ることは江戸初期から行われ、近年も干菓子を硯蓋に盛ったりしている」
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
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