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艶姿花の十二支
歌川豊国(三代目)画 『魚づくし』組本社刊
 絵の題には「艶姿花の十二支」とあり、蛸や鯛など魚介類の柄の着物で潮干狩をする2人の女性が大きく描かれていますが、花の十二支の意味はわかりません。
 左上の扇面形の絵には「江のしまべんてん」とあり、江の島の遠景が描かれていますから、対岸の片瀬海岸辺での潮干狩りでしょうか。絵師は「七十九歳豊国筆」とあり、三代目歌川豊国の絵ですが、豊国は79歳で歿しています。
 江の島は神奈川県藤沢市の海岸近くの小島で、現在は橋で海岸と結ばれた観光地ですが、古くから信仰の島として知られていました。寿永元年(1182)に源頼朝が文覚上人に弁財天をこの島に勧請させて以来、武家や庶民に信仰され、近江の竹生島、安芸の宮島とともに日本三大弁財天と呼ばれました。
 江戸時代には金亀山與願寺(きんきさんよがんじ)、あるいは江島(えのしま)寺といわれ庶民の参詣も盛んでしたが、明治初年の神仏分離で仏教関係の施設は除かれ江島神社と名も改められました。
 幕末から明治初期の歌舞伎役者三代目中村仲蔵(1809−1886)は、『手前味噌』と題する自伝を書いていますが、その中に天保9年(1838)に大坂から江戸への帰途江の島に寄り、岩本院(與願寺)に宿泊した記述があります。「名代の江の島煮、さしみに生作り、魚類づくめの馳走に皆々大喜び、心地よく酒宴して、絹布の夜具布団で広い座敷に寝る。」
 江の島煮は『料理早指南』初編(1801)に「鰒(あわび)を生にてひらひらと切て煮る。青わたを包丁にてこき、よくすりて煮汁の中へ入る」とあります。アワビのわた(肝臓)をよくすり濃いみそ汁に加えた煮汁で、薄くそぎ切りにしたアワビの肉を煮る料理で、アワビが江の島の名産だったための名です。アワビのほか江の島の名産には、ハバノリ・モズク・ヒジキ・ミルなどの海藻類がありました。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
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