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右上には「むまさう 嘉永年間 女郎之風俗」とあります。“むまさう”は“うまそう”です。海老のてんぷらをうまそうに食べている、嘉永(1848−54)のころの女郎(遊女)の姿を描いたものです。
 風俗三十二相 むまさう
 月岡芳年画 明治21年(1888)
 財団法人味の素食の文化センター所蔵
 てんぷらは漢字で天麩羅と書きますが、その起源については定説がありません。
 
天竺(てんじく)浪人が、ぶらりと江戸に出て来て始めたから天麩羅という『蜘蛛の糸巻(くものいとまき)』(1846刊)にある山東京伝命名説、天麩羅阿希(あぶらあげ)からという『虚南留別志(うそなるべし)』(1843刊)の説、また南蛮語のテムポラ説、テムペロ説、テムプロ説などもあります。
 
 江戸時代の料理書で、てんぷらの作り方の初出は、私の知る範囲では『黒白精味集(こくびゃくせいみしゅう)』(1746成立)ですが、この本は写本(手書きの本)のため、刊本として普及した『歌仙の組糸』(1748刊)の方がてんぷらの初出として知られています。
 てんぷらの作り方は『黒白精味集』には、鯛の切身にうどんの粉(小麦粉)を玉子でねった衣をつけて油で揚げるとあり、『歌仙の組糸』には、何の魚でもうどんの粉をまぶして油で揚げるとあります。これを見ると、現在は“から揚げ”と呼ぶ、材料に粉をまぶして揚げるものもてんぷらと呼んでいたようです。
 また、現在でも関東で“さつま揚げ”と呼ぶ、魚のすり身を油で揚げたものを、関西では“てんぷら”と呼ぶ地方がありますが、『守貞漫稿』(1853)にも、京坂では魚のすり身を油で揚げたものを“てんぷら”と呼び、江戸のてんぷらは“つけ揚げ”というとあります。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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