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鵜飼船御遊
歌川豊国(三代目)画 嘉永5年(1852) 国立国会図書館所蔵
 上の絵は、船上から鵜飼を楽しむ光景が描かれていますが、右側の男性は「偐紫田舎源氏」の主人公光氏(みつうじ)で、大髷(おおまげ)のもとどりに紫紐を用い、先を二つに割った海老茶筌髷が特徴で、源氏絵と呼ばれているものです。左側には徳利を持っている女性もいて、これから料理が運ばれてくるのでしょうか。
 鵜を使って魚をとる漁法を鵜飼といい、現在は岐阜県長良川の鮎をとる鵜飼が知られていますが、この漁法は古くからあり、中国南部からインドなど南アジアに広く分布しているようです。
 日本では奈良時代以前から鵜飼はあり、中世には各地で鵜飼が行われていますが、他の漁法にくらべて漁獲量は少なく、古くから観賞の対象として行われていました。江戸時代には尾張徳川氏と長良川の鵜飼、浅野氏と備後三次の鵜飼、佐竹氏と角館の鵜飼など領主が特権を与えて保護したものもありました。

 鵜飼といえば、一般に夏の夜に小船のへさきでかがり火をたいて鮎などを誘い寄せ、鵜ののどをゆるくしばった縄を、鵜匠が10−12羽分を持ってあやつり、鵜が水中で魚を呑み込んだら引き上げて吐かせる漁法が知られていますが、浅い川では船を使わずに鵜匠が徒歩で川へ入り、片手にかがり火を持ち、片手で鵜1羽をあやつる徒(かち)づかいという漁法もあるそうです。
 観光用の鵜飼のほか、鮎の漁法はいろいろあって、古くから鮎は上魚として賞味されています。『料理物語』(1643)には鮎の料理法として「なます 汁 さしみ すし やきて かまぼこ 白ぼし 塩引 さかびて」などがあります。木下謙次郎の『美味求眞』(1925刊・1988復刻)は食文化の名著ですが、鮎料理についても詳しく「鮎の竹鮓」という珍しい料理も見ることができます。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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