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江戸高名会亭尽 山谷八百善
歌川広重画 国立国会図書館所蔵
 上の絵は歌川広重の「江戸高名会亭尽」の1枚で、山谷八百善とあります。会亭は会席料理屋のことで、会席は茶や俳諧の集りをいい、その席で酒と共に出される料理が会席料理でした。狂句合(きょうくあわせ)の字も見えますから狂句の集りでしょうか。
 狂句は現在川柳と呼ばれているもので、江戸で始まった諷刺(ふうし)と滑稽が基本の庶民の文芸です。もとは前句付(まえくづけ)と呼ばれ、俳諧の連句の練習法の一つとして、点者(選者)が出題した前句に、五・七・五の句(付句)をつけるものでした。
 前句付は元禄(1688−1704)頃に江戸で始まり、享保の末(1735)頃から盛んになり、万句合
(まんくあわせ)と呼ばれる程多くの応募句が、万句合興行のたびに点者のもとに届きました。
 明和2年(1765)に江戸で出版された『誹風柳多留』は、前句付の点者の1人柄井川柳(からいせんりゅう)が万句合で選んだ勝句(かちく)を、呉陵軒可有(ごりょうけんあるべし)が精選し、前句なしに鑑賞するように編集したものです。『誹風柳多留』の人気が高かったので、文化初年(1804)頃から付句が独立した川柳風狂句が行われるようになりました。このように江戸時代には狂句と呼ばれていましたが、明治中期に狂句の名が嫌われて川柳の名に統一されました。
 狂句は庶民の文芸でしたから、庶民の食生活を知る上でよい資料になります。たとえば明和から文政(1764−1830)の頃に江戸っ子に珍重された初鰹には、「初鰹かついだままで見せている」「井戸端で見せびらかして刺身をし」「春の末銭にからしをつけて食ひ」などの句があります。
 八百善についてはNO.45に書きましたが、高価なことで知られており、「八百善と聞いて生姜ははづす也」の句があります。生姜はけちんぼの隠語でした。

 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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