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雪見八景 晴嵐
歌川豊国(初代) 国立国会図書館所蔵
 
 この冬は寒さが厳しく、東京でも既に2回の積雪がありました。江戸時代は18世紀半ばから19世紀の半ばまで、小氷期とよばれる寒冷の気象で、安永2年(1773)、安永3年(1774)、文化9年(1812)の冬には、隅田川が氷結したと記録にあります。
 
 上の絵は、江戸の雪見の名所の一つ隅田川に浮かぶ屋根船の中のこたつで、酒を楽しむ女性がおり、雪見船、雪見酒の光景です。酒の肴はなにかわかりませんが、酒器の形はワイングラスに似ています。ガラスの技法は江戸初期に長崎に伝えられ、明和(1764−72)のころには江戸にも伝わり、幕末にはギヤマンの名で切子ガラスやガラス器が作られていましたから、この酒器もガラス製でしょうか。
 
 江戸の雪見の名所については『江戸名所花暦』(1827)や『東都歳事記』(1838)に記されており、『江戸名所花暦』では次の通りです。
 愛宕山・高輪・長命寺・牛御前王子権現の社・三囲
(みめぐり)稲荷社・待乳(まつち)山・市ヶ谷八幡宮・忍が岡・東叡山寛永寺。
 『東都歳事記』では、上記のほか、隅田川堤・真崎
(まつさき)・不忍池・湯嶋台・神田社池・御茶の水土手・日暮里諏訪社辺・道灌山・飛鳥山・目白不動境内・牛天神社地・赤坂溜池などがあげられています。
 越後塩澤(新潟県南魚沼郡塩澤町)の人、鈴木牧之著『北越雪譜』(1835)には、要約すると「雪が一尺以下の暖国の人々は、雪景色を喜び、絵や文章にして楽しむが、越後では毎年幾丈もの雪が降るので、雪のために力をつくし、財をついやし千辛万苦する」と書かれています。大雪の地方に住む人々の苦労は、昔も現在も変わらないようです。
 監修・著 松下幸子千葉大学名誉教授
>>松下教授プロフィール
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